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自分のものづくりと向き合える、岩手町の職人文化

取材先:
弓工房 杣、工房芳純、株式会社東光舎(TOKOSHA CO., LTD.)岩手工場

岩手町には、豊かな自然に支えられながら、さまざまなものづくりを展開している職人たちがいます。岩手の竹材をつかい、弓を打つ東北唯一の弓師・杣(そま)友重さん、約100年前の絵刺し技術を復活させた刺子職人・白椛純一さん、そして世界50カ国以上に輸出される美容鋏を生産する東光舎。この記事では、岩手町で活動する職人たちのものづくりを紹介いたします。

感覚を研ぎ澄まし、弓を打ち込む

岩手町には、東北地方唯一の弓師・杣友重(本名=友介)さんがいます。杣さんは、京都の御弓師・柴田勘十郎さんのもとで5年間の修業を経て、その後「弓工房 杣」を岩手町大字江刈内に開業されました。竹材を組み合わせ、自らの感性・感覚を信じながらなだらかな曲線へと弓を打ちあげていく姿は、心洗われる美しさがあります。

主に弓道に用いられる弓の製作工程は、おおまかに以下の通り。まず、白や黄色の複数の木材を組み合わせ、麻縄で巻いていくことで、芯材をつくります。その芯材に、竹の楔を打ち込んでいくことで、形の基礎をつくります。この行為が「弓打ち」の名前の由来にもなっています。

  • 複数の竹材を組み合わせ、それらを合成接着剤で合体させることで芯となる板をつくります

  • 芯材に巻いた麻縄の隙間に楔を入れ組んでいきます

  • 「弓を打つ」の由来でもある楔を打ち込んでいく作業。この作業によって、竹材がなだらかに曲線を描いていきます

  • 自作の張り台で最終的な弓の曲がり具合を成形していきます

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竹の楔を打った状態で1日ほど寝かせ、そのあと張り台で弓の曲がり具合を調整していくことで、最終的な弓の形が完成します。弓の曲がり具合は、その弓毎に異なり、弓を実際に使用するお客さんの好みに合わせつつ、杣さんが経験と感覚で仕上げていく非常に繊細な作業です。

杣さんによって制作された弓。曲がり具合や仕上がりも弓それぞれに異なります

竹の素材である真竹は、岩手県南西部に位置する平泉町周辺や南東部の陸前高田から採集されることが多いようです。採集時期は、竹材の水分含有率が少なく耐久力が強い冬場。霜が降りはじめる11月から1月が適切と言われています。かつては、竹林を管理することが経済活動になっていた時代もあるようですが、現在では竹の需要も下がり、竹藪を見つけて実際に地主さんとの交渉で利用させてもらうこともあるようです。

普段であれば破棄されてしまう可能性も多い、自然から採れる真竹を弓として再生させることは、小さいスケールではありながら素材の良好な活用方法であるとも言えます。自然豊かな岩手から、その土地で採集された素材をつかい、その自然で育まれた感性をもとに弓を打ち込んでいく——弓師・杣友重さんの活動に今後も注目です。

独学で江戸文化「絵刺子襦袢」を復活させる

白椛純一さんは、江戸時代に火消し装束として重宝された「絵刺子袢纏」の日本唯一の絵付け師。白椛さんは、絵刺子袢纏専門工房である「工房芳純」を岩手町に開設し、約100年ぶりに独学で絵刺し技術を復活させました。

普段絵刺子の作業をしている工房で、絵刺子袢纏の魅力を語る白椛純一さん

絵刺子袢纏は、町の消防士たちの防火服であり、江戸時代後期から明治、大正、そして20世紀中頃まで、火消したちの身を守り、そして彼らの自尊心と士気を高めてきた衣服です。表側は紺一色などのシンプルな意匠でありながら、普段は隠れている裏側一面に絵が描かれている袢纏が、現在「絵刺子袢纏」と呼称されています。

絵刺子袢纏の表側は、紺一色や幾何学模様でシンプルに装飾されています

表側に打って変わって派手に絵が施されている絵刺子袢纏の裏側。時代によって絵柄は異なり、赤色が少しでも入っている襦袢は、外国からの染料輸入がはじまった明治以降のものです

絵刺子袢纏に描かれている絵は、江戸時代の火消しらが火に立ち向かう際に、自分の信念や信条、そして水に関連する縁起物を混ぜ合わせて表現されたものだそう。裏側に絵が描かれている理由には、奢侈禁止令によって贅沢が禁止された江戸時代に、その社会や体制への反骨心の表れとして、表に見えない裏側を“ド派手”に装飾しようとしたことがきっかけとも言われています。

偶然見かけた絵刺子袢纏に魅了されたことをきっかけに、約100年前に失われてしまった技術を復活させた白椛さん。裾からちらっと見える絵柄の洒脱さを再現すべく、独学でこの絵刺子を習得し、絵刺子袢纏文化を蘇らせた彼の行動には、強い意思が静かに燃え続けているように感じられます。豊かな自然に取り囲まれた岩手町には、自らのものづくりとひたむきに向き合い続けられる風土が、どこかに根付いているのかもしれません。

岩手町から世界へ、東光舎がつくりだす理美容鋏

2017年に創業100周年を迎えた東光舎(ジョーウェル・シザーズ)は、50カ国以上に輸出される理美容鋏を生産しています。1917年に創業後、1981年に岩手工場を開設しました。岩手工場は、理美容鋏専用の工場としては日本最大級を誇り、最新の生産設備を備えています。また、技術や高品質の向上を目的として開発・研究部門を設置し、鋏の基礎研究から新製品の開発、製造までを一貫して岩手工場で行っています。

岩手工場にて、理美容鋏を制作している様子

高品質な鋏を生産し続けるため、溶接・研磨・刃研ぎ・噛み合わせの調整など、多岐に渡る工程をそれぞれの担当者が分業することで鋏が出来上がります。このように、繊細な職人の手先の技術と、最先端の機械技術を組み合わせた複雑な工程を経て、鋏が製造されていくのです。ひたむきに鋏の生産工程と向き合う職人たちの手先は、形容し難い美しさがあります。そうして製造された鋏は、日本全国のみならず世界50カ国以上へと出荷されています。

  • 「刀」と「持ち手」の部分を溶接して一つにします

  • 機械を用いてすこしずつ研磨することで、噛み合わせのなめらさをより豊かにします

  • 噛み合わせなどを含めた最終調整

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また、SDGsを含めた持続可能な社会に向けた取り組みとして、岩手県の特産品「漆」を使った商品開発があります。漆は、漆の木から採取した樹液を加工した天然樹脂塗料であり、環境を汚染せずに採集できる素材。再生可能・安全安心な優れた持続性を持つ漆を使った商品開発を通じて、地域の漆産業復興にも貢献しています。また、こうした鋏のあらゆる伝統文化を未来の世代へと継承していくことも、住み続けられるまちづくりの一環として行っています。

自然のなかで、自分のものづくりと向き合い続けること

岩手の素材を用い弓を打つ杣友重さん、約100年前の技術を独学で復活させた刺子職人・白椛純一さん、そして質の高い鋏を生産・出荷し続ける東光舎。本記事で紹介した職人たちは、領域こそ異なりますが、ものづくりへの姿勢には一環したものが感じられます。それは、岩手町が自然とともに育んでいる、自分の意思とひたむきに向き合い続ける風土です。

弓の曲がり具合などをご自身の感性のみで打ち上げる杣さんも、失われてしまった絵刺子襦袢を一人でに復活させた白椛さんも、職人たちが集まりじっくりと鋏を作り続けている東光舎にも、そこには人間の営みとしてのものづくりを自然に続けている雰囲気が流れています。

それは岩手山や丹藤川などの豊かな自然資源がもたらすものかもしれませんし、そこに点在する彫刻とともに暮らす人々の、美しい感性からもたらされるものなのかもしれません。あなたも、岩手町のインディペンデントなものづくり文化を現地で体験してみませんか?

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