キャベツ畑が山脈に描く農業風景、ホッケーに熱中する選手の掛け声、そこかしこに点在する彫刻作品——。総面積360.46㎢、約1万2千人の岩手町には、ユニークな未来都市を構成しうる豊かな資源や土壌が広がっています。
SDGs未来都市共創プロジェクトでは2030年に向けて目標が設定されていますが、未来へと目線を向ける前に、岩手町のこれまでの記憶を辿り、多様な文化が交差してきた歴史を振り返ってみましょう。
岩手町の自然が織りなす緑のランドスケープ
岩手町にはキャベツ畑をはじめとした農地が数多く存在し、自然と心地よく共存するそのランドスケープには、息を呑む美しさがあります。町の総面積の約75%は山林・原野であり、火山灰質の肥沃な土壌と山脈に滲む自然のグラデーションが町のどこからでも眺望できます。東北一の大河である「北上川」の源泉・弓弭(ゆはず)の泉があり、宮城県石巻市まで249km続く水流の源がここにあります。
岩手町が誇るブランドキャベツ「いわて春みどり」のキャベツ畑
こうした豊かな自然に支えられた岩手町の農業の市町村別農業産出額は134億円を記録(令和2年、農林水産省)し、「いわて春みどり」に代表されるキャベツをはじめ、岩手町では多品目における野菜生産基盤を確立しています。また、大規模な畜産経営体による強い畜産生産基盤を誇り、「食料総合生産基地」としても成果をあげています。
園芸作目を生産する耕種農家と畜産農家が連携することで、堆肥を有機質肥料として地域内で循環させる「耕畜連携による循環型/環境保全型農業」が実現。岩手町の良質な土壌づくりが可能になり、良質な生産基盤の確立を支えています。
岩手町では、農業の担い手との交流を促進するプロジェクトやスマート農業モデル事業の展開など、副次化・多次元化に取り組んでいくことで、岩手町の農業をより活性化させていこうという動きがあります。
誰もが安心して元気に暮らしていける町のシステム
ホッケーの町・岩手町として知られているように、岩手町のホッケー場からきこえてくる選手やコーチたちの掛け声にはその活力がしっかりと感じ取れます。50年以上ものあいだ町技として取り組まれてきたホッケーは、現在も幅広い世代で多くの町民に親しまれており、国民体育大会、インターハイにおける全国優勝を成し遂げ、町出身のオリンピック選手も輩出しています。
また、東京2020オリンピックでは、アイルランド代表女子ホッケーチームの事前合宿地としても使用され、国際的な都市間交流の一翼も担っています。
岩手町ホッケー場で練習をする岩手県立沼宮内高校のホッケー部
スポーツと関連して「保健福祉」の観点では、地域・医師・保健推進員・行政などが一体となった「岩手町方式」による検診体制を構築したことから、高い検診受診率が評価されています。
また、地域ぐるみで高齢者の見守りなどを行う安心生活支援ネットワーク事業「安心生活あいネット」を全国に先駆けて実施することで、住み慣れた地域で安心して生活できる地域生活実現のためのシステムも構築してきました。
近年は、人口減少や少子高齢化を背景とした地域コミュニティの弱体化などの影響により、これらの特徴が失われつつあることが課題であり、2030年に向けて岩手町の保健福祉力を維持・増強させるプロジェクトが実施されていく予定です。
世界各地のアーティストが滞在制作した彫刻空間
岩手町を訪れると、世界各国のアーティストが滞在し制作した130点を超える石彫作品が町を彩る風景が印象的です。その風景の起源として語られているのは、1973年にはじまり、30回に渡り開催されてきた「岩手町国際石彫シンポジウム」。
彫刻家が実際に岩手町に滞在し、作品制作を行うプログラムの在り方は、現在のアーティスト・イン・レジデンスの先駆けともいえるでしょう。現在でも岩手町の各所にさまざまな彫刻が展示されており、「彫刻のあるまちづくり」として景観形成や芸術空間の創出にも取り組んでいます。
また、屋外彫刻美術館である石神の丘美術館は町のシンボルでもあり、2020年7月のリニューアルでは「花とアート」を掲げ、一層の魅力向上と賑わいの創出を目指しています。
「抗う波の軌跡 浮島彫刻スタジオの30年」にて展示されたケイト・トムソンさんの彫刻作品『アフロディーテ』
岩手町SDGs未来都市共創プロジェクトでは、「ブランド価値の向上」「SDGs姉妹都市構想の具現化」「シビックプライドの醸成」の3つの方針が掲げられ、それらを実現する岩手町が持つ強みに、①農業、②保健福祉・ スポーツ、③芸術・ものづくりがあります。
古きから学び、新しいことに取り組む温故知新という言葉もあるように、農業・保健福祉・芸術といった岩手町に流れる記憶を見つめ直し、2030年に向けてその資源や魅力を編み直すことは、岩手町の持続可能性を高めていくうえで重要な要素の一つでしょう。